ようこそ、モンスターハンターの世界へ

登場人物

アギト

ポッケ村のハンターで、大剣使い。ティガレックスの特殊変異種だが、物腰が柔らかく温厚な性格で、轟竜の面影はあまり見えない。本気を出すと目が血走り、気性が荒くなる。


新米ハンターの少年

ドンドルマに来たばかりの新米ハンターで、片手剣使い。ケルビの特殊変異種。


設定

特殊変異種

(擬人化キャラのことをこう呼んでいます)

特殊変異種は、人の姿を取るモンスターのこと。細胞組織、骨格、内臓器官の違いから、完全に人というわけではない。

人間社会での生活に適応する為、戦闘面での能力は失われつつあり、近年では、角や尻尾などのモンスターとしての外見的な名残も消失傾向にある。


ようこそ、モンスターハンターの世界へ


「敵の動きをよく見て!」

「はっ、はい!!」


ドルドルマのハンターたちが"密林"と呼ぶ狩場―テロス密林で、二人のハンターが狩りを行っていた。


遠くから指示を出し、群がる小型の肉食獣ランポスたちを一掃するのは、轟竜ティガレックスの素材を用いた装備"レックスSシリーズ"に身を包む青年、アギト。


その装備のトゲトゲしたシルエットは、轟竜の凶暴さをそのまま投影したかのようであった。


彼は同じく轟竜の素材を用いた大剣―ティガノアギトを握りしめ、それを大きく振りかぶる。


足に力を入れ、体重を上乗せし、勢いよく大剣を振り下ろすと、ティガレックスの牙を思わせる刃の部分がランポスの首を捉えて、それをそのまま地面へと叩きつけた。


バキッ、と不快な音がする。

ランポスの首が折れたのだろう。


一瞬顔をしかめる青年であったが、その一匹の死にいちいち構ってはいられない。


なぜなら、小さな肉食獣たちはまだまだ彼の周囲にたくさんいるのだから。


少しでも気を許せば、大怪我をすることもありうる。最悪、少しの不注意から命を落としかねない。


それが…狩りなのだ。


そして、少し離れた場所では初心者向けの"ハンターシリーズ"に身を包んだ少年が、ランポスより遥かに大きなモンスター、大怪鳥イャンクックを相手に片手剣を振るっていた。


動きや身につける武具からして、ハンターとしてはまだまだ駆けだしなのだろう。


それでも必死にイャンクックの攻撃を避け、少しずつダメージを与えている。


「足を狙うんだっ!」


遠くからの青年の声に、少年は素早く反応してイャンクックの足元へ潜り込んだ。


その足に斬撃を加え、攻撃される前に戦線離脱。切っては逃げ、切っては逃げを繰り返す。


だが、イャンクックの方も必死だった。器用に足を入れ替えながら回転したり、少年を足元から追い出そうと啄んでくる。


ここで攻撃をやめれば、確実にハンター達に狩られてしまう…それは純粋な生への執着だった。


生きるために、殺す。それが自然界では当たり前のこと。だから、もがく…命が終わる最後の瞬間まで、もがくのだ。


どちらが狩る者で、どちらが狩られる者、ということは絶対にない。


時に、どちらにもなりうる。それがハンターとモンスターの関係である。


少年がもう一度、とイャンクックに向かって切り込もうとしたときだった。突然、イャンクックが少年に向かって走り出した。


怒り状態のモンスターの攻撃は、通常よりも早く、そして強力だ。少年はあまりの速さで自分へとかけてくるイャンクックに対して冷静さを失った。


怖かったのだ。生への執着を宿す、その目が。


避けることもできず、盾で防御するという思考にも至れず。少年とイャンクックの距離は縮まっていった。


もう遅い…。


少年は目を瞑った。きっとこのまま、自分はイャンクックに轢き殺されてしまうのだろう。


いや、最悪突き飛ばされて、背後の崖から落ちることになる。


彼の身につける装備はたいして強度を持っていない。どの道、無事では済まない。


やはり無謀だったのかと、後悔の念を抱いたその時だった。


「目を瞑るな!」


ガツンッという重々しい音と共に、先ほどまで遠くにいたはずの青年の声がとても近くで聞こえる。慌てて少年は目を開けた。


「アギトさん!」


「冷静さを失った方が負けだって、最初に言ったよね?それに、最後まで諦めちゃだめだとも言ったはずだ」


「ごっ、ごめんなさい…」


アギトは、イャンクックと少年の間に入り込み、大剣を盾にして攻撃を受け止めていた。


イャンクックはそのまま二人ともがけ下に突き落とそうと言うのか、大剣を盾にするアギトを力任せに押している。


必死に足を踏ん張って、それを食い止めるアギト。


「今のうちに…逃げて…俺の剣が…当たらないところまで…!」


「は、はいっ」


少年は駆ける。アギトの間合いから逃れるために。力になれないなら、せめて邪魔はしまいと少年は必死に駆けた。


一方のアギトは、少年が離れたのを確認すると大剣ごと横に転がった。


いきなりアギトが横に逸れたので、イャンクックは派手に倒れこむ。崖ぎりぎりだった。


アギトはその瞬間を逃さない。素早く立ち上がると、回転して勢いをつけ、イャンクックの足を水平に切り込んだ。


先ほど相手にしていた少年とはレベルが違うと気付いたのか、イャンクックも慌てて立ち上がる。


しかし、立ち上がったと思ったその瞬間、アギトの二回目の斬撃を浴び、イャンクックは再び地に伏した。


本当はイャンクックに攻撃を加えないつもりでいたが、そんなことも言っていられない。


仕方なしにアギトは足をばたつかせるイャンクックに近づき、大剣を振りがぶる。


ぐっと足に力を入れ、精一杯パワーを溜めた。そして繰り出される、渾身の一振り。


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


それは、イャンクックの甲殻を割り、肉を抉る。ビシャッ、と赤い飛沫があがってアギトの頬を濡らした。


イャンクックのばたついていた翼や脚は動きを止め、先ほどまで光を宿していた眼は輝きを失っていく。


人々に恐怖を齎していた大怪鳥は、完全に沈黙した。命が消えゆくその様子を、少年は遠目に見守っていた。


「ふう…終わったかな?」


アギトが安堵の息をもらし、ティガノアギトを引き抜く。血の滴る大剣は、まるで獲物に食らいついた轟竜のようだった。


イャンクックを倒し、喜ぶべきであろうこの状況だが、アギトも…少年も、その顔は喜びの色を映していない。


少年は落ち込んだ様子で、トボトボとアギトの方へと歩み寄った。


「アギトさん。ごめんなさい…」

「いいよ。謝らなくても」


アギトは少年の肩に手を置く。そして、大きな怪我がなくてよかったと、とても優しい声で言った。


それでも少年は、ごめんなさいと呟いた。


アギトは剥ぎ取り用のナイフを腰から引き抜き、イャンクックの方に向き直る。


「俺も、こういうの慣れてないから…キツイ言い方しちゃったかも。ごめんね」


「アギトさんが謝らないで下さいよ! 僕、アギトさんがいなかったら今頃…」


アギトは黙々とイャンクックの甲殻を剥いでいく。


少年はギュッと自分の剣を握りしめて、イャンクックを見つめていた。悔しいのだろう。


自分一人で何もできなかったことが。その気持ちはアギトにも理解できる。


でも、悔しがる必要なんてない。できないことがあって当然なのだ。すべてを一人でやろうとする必要はない。


「仲間に守ってもらうことは恥ではないよ。自分に無理だと思ったら迷わず引く事」

「は、はい!」

「ハンターには色んな人がいて、色んな考えを持っているけど、俺は命が一番大事だと思うな」

「そう…ですよね。肝に銘じておきます」


様々な経験をした老ハンターたちはみな、狩場で死にたいと言うが、それは彼らが熟練のハンターだからだ。


若いうちは命を優先すべきだと、アギトは思っている。だからこそ、常に冷静であって無理はしない方がいい。


自分が無理をして死んでしまったら悲しむ人がいるし、パーティーを組んでの狩りで自分が無理をすれば、当然仲間をも巻き込んでしまう。それだけは避けるべきだと思った。


「僕、アギトさんと狩りに来れて良かったです。色々なことを学べました」


「そう、良かった。俺もあんまり偉そうなことは言えないんだけどね」


ハハッと笑顔を浮かべて、素材を剥ぎ取るアギト。彼が一通り剥ぎ取り終わったのを見て、少年もナイフを取り出した。


この二人の出会いはほんの数日前のこと。


少年はまだまだ新米のハンターであったが、力を見込まれてドンドルマの街へとやって来た。


自身の村の村長が書いたと言う紹介状と、自身の履歴書を持って大衆酒場へと乗り込んだのである。


しかし、彼はギルドマネージャーに、いきなり1人での狩りは難しいと、はっきり言われてしまったらしい。


だが、いまさらキノコの採取からやり直すのもイヤだと言う少年に対して、ギルドマネージャーが紹介したのが、アギトだった。


たまたまポッケ村を離れ、ドンドルマに赴いていたアギトに新人の教育を頼んだのだ。


正直なところ、アギトもまだまだ未熟な上位ハンターであり、新米の教育が出来るとは思えない。


怪我をさせたら大変だからと、最初はその頼みを渋っていたアギトだったが、アギトにとってもいい経験になると、ギルドマスターが直々に彼を説得した。


そんなことがあって、今こうしてアギトと少年は下位のイャンクック討伐任務へと赴いているのだった。


最初はもっと手こずるかと思ったが、狩りのノウハウやコツを少年に教えるのも、そう苦労することではなかった。


彼は呑み込みが早いし、動きも悪くない。だから、アギトはハンターとしての立ち回りよりも、精神論に近い、感覚的なことを説いていた。


それにも理解を示してくれるあたり、彼とアギトは相性がいいのかもしれない。


「それじゃあ、思ったより早く終わったけど、引き上げようか」

「はい」

「ん…?」


剥ぎ取りが終了し、ベースキャンプへ引き上げようとした時だった。


アギトが、北の方に何か強い気配を感じた。


気配、というよりは何かの存在そのものを感知したという方が正しい。


鋭敏に研ぎ澄まされた感覚の全てが、北の方角にいる何かの存在に対して、"近づくな"と警告していた。


「何だろう…? 何かいる」

「え、モンスター?」

「分からない…けど、近づかない方がいい」


狩りの最中に、目的以外の強力なモンスターに出くわすこともある。


予想外のハプニングは狩りにつきものなのだ。


無理をして勝負を挑み、怪我をしてしまったら、せっかく目的のモンスターの討伐ができても、しばらく狩りに出れなくなってしまう。


今後に支障が出るくらいなら、関わらない方がいい。そう思って、ベースキャンプに帰ろうとした時だった。


遠くで、バンッ! と、乾いた銃声が微かに聞こえた。それに次いで聞こえてきたのは、猛々しい獣の咆哮。


聞き覚えのある鳴き声だ。恐らくは何度かまみえたことのある飛竜、雌火竜リオレイアだろう。


湖に面したエリア3の方から聞こえてきた。それは、ちょうどアギトが何かの存在を探知した北側のエリアだ。


今いるエリア2は見晴らしのいい場所だが、エリア3の浜辺の方は遠くて、モンスターの姿を目視することはできない。


風に乗って、かすかにペイントの臭気が漂ってくる。


「ペイントボールの臭い…誰か戦っているんですかね? でも、イャンクック以外のモンスターがいるなんて報告は…」


「狩りの最中に、いきなり強力なモンスターに襲われることもある。予想外の事にも冷静に対処しなくちゃね」


「分かりました」


「過去、採取に来ただけで、手持ちにたいした道具もない様な時に飛竜に襲われた人もいたくらいだ」


「どんな時でも、冷静に…ですね」


「そう。俺たちはこのままベースに引き上げるよ」


「分かりました」


立ち去る前に、アギトはイャンクックの亡骸の前に立った。


レックスSヘルムをはずし、脇に抱えると、そっと胸に手を置く。


これは、彼がモンスターを討伐した際に必ずやることだった。この行為にはたくさんの想いが込められている。


最後の最後まであがき、勇敢に戦い、力尽きた…生命を称える意。


自分と戦ってくれたこと、その素材を用いた武具で自身の狩りを支えてくれることへの感謝。


そして、その魂が安らかに眠れるようにという、鎮魂の祈り。


しばらくしてから、ヘルムを被り直すとベースキャンプに向かって歩き始める。


ベースキャンプに戻ってから、二人は帰り支度を始めた。


クエスト終了まで時間があったため、まだギルドからの迎えが来ていない。


その間に、装備を脱いで水浴びし、血まみれになった武器が錆びないよう、整備を行う。


しかし、それでもギルドからの迎えは来る気配がなく、しばらく暇になってしまった二人は、各々調合書を読んだり、釣りをしたりして時間を潰していた。


すると、そこに…


「はあっ…あと少しだ…がんばれ…」

「くっ、あいつ…いつか絶対狩る…!」


ベースキャンプに見慣れないハンターが二人やって来た。


どちらも20代の若い男で、呼吸を荒げている。一人が足を引きずり、もう1人に支えられていた。


事態の異常性に気付いたアギトは、調合書を閉じて二人は人に駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「兄ちゃん達…悪いけど、ここで休ませてくれねえか。俺達のベースキャンプは反対岸なんだ」


「もちろん、構いません。こっちに座って下さい」


少年もあわてて釣りをやめ、怪我をしたハンターたちに駆け寄った。


だが、二人の様子があまりに酷かったためか、黙り込んでしまう。


二人とも、身につける防具の一部がかすかに焦げており、へこみやヒビが目立つ。


一人は武器を背負っておらず、もう一人の背負っているボウガンは銃身が砕けてしまっていた。


モンスターに、手ひどくやられたということだろう。


アギトは手早く救急セットを道具箱から取り出して、応急処置にあたる。


これはハンターのために用意された簡易的なものだ。最近はギルドの支給品として必ず配られる。


先ほど足を引きずっていた方のハンターはベッドに腰を下ろし、足の装備をはずした。


踝の当たりが腫れていて…捻挫、悪くて骨折といったところだろう。


「手ひどくやられましたね…相手はリオレイアですか?」


「ああ…命があってよかったよ」


「おかげで武器も防具もパアだけどな」


アギトは彼の足を、これ以上悪化させないために包帯で固定した。


男の顔色が悪いところをみると、毒を食らっているのかもしれない。仲間に促され、彼は防具の一部を外してベッドに横になった。


アギトはもう一人のハンターにも傷を見せてくださいと言い、彼を水辺へと引っ張って行く。


「ホント、悪いな兄ちゃん…あいつは大丈夫なのか?」


「彼の足は大丈夫。毒も、寝ていれば直に抜けるでしょうから。それより、問題はあなたの方ですよ」


「俺…?」


アギトは彼の小手をしていない方の手をとった。火傷をしているらしく、表皮が軽く黒ずんでいる。見た目は大したこと無さそうだが…。


「リオレイアと戦っていたんですよね。この火傷はブレスを受けた時のものでしょう?」

「ああ、採取に来ただけで、たいしたものを持ってきていなかったんだ」


少年はハッとした。先ほどアギトが言っていたことと同じ…。


アギトもそれを思い出してか、ちらりと少年の方を見やる。


「リオス種のブレスは強力です。でも、本当に恐ろしいのはその威力ではなく、火傷の方なんですよ」


「そう…なのか? 俺達、やつらと戦ったことはないんだ」


「なら、覚えておいた方がいいです。彼らのブレスは普通の炎とは違う。放っておくとジワジワ肉に食い込んで、直に中まで焼き尽くしてしまうんです」


まるで、少年にも言っているような口ぶりだ。


アギトはハンターの腕を水で洗い流すと、すぐに薬を擦り込んでいった。その上にガーゼをおいて、包帯を巻きつけていく、慣れているんだろう。


少年は、そんなアギトの様子を見て思った。


酒場で初めて見たときは、ギルドマスターとマネージャー相手におどおどしていて、少し頼りない…というか、気弱そうなイメージがあったが、今回の狩りで、アギトに対して抱いていたイメージを改めざるを得なかった。


気弱なんじゃなくて、優しいんだ。そして、本当はとても強くて…どんな時でも冷静さを欠かない。モンスターに対しても敬意を払っている。


ハンターとして尊敬すべきだと思った。


アギトには似合わないと思っていた凶悪なシルエットのレックスSシリーズも、彼が努力の末に勝ち取ったものなんだろう。


そういうのって、すごくカッコイイ。

いつか、自分もこんなハンターになりたい。


確かに狩りは大変かもしれない。それでも、ハンターであり続けたいと、少年は思った。


まだ見ぬ、強力な飛竜と対峙した時、自分は勇気を振りしぼって、立ち向かえるだろうか。


背中を預け、信頼し合える仲間に出会えるだろうか。


そして、今日のアギトのように新米のハンターと共に狩りに赴き、ハンターの在り方を説く日が来るのだろうか。


少年はまだまだ遠い夢の日々を描きながら、心を弾ませた。


「もうすぐギルドからの迎えがきます。俺達も荷物はそんなに無いので、一緒に帰りましょう」


「いいのか? 助かるぜ。2人とも、ドンドルマに帰ったら奢ってやるよ」


男は仲間の隣に腰掛けて、気のよさそうな笑顔で言う。


「そんな、奢りなんて…悪いですよ」


「じゃあ、せめて一杯付き合ってくれよ。命があることを祝して、飲みてえ気分なんだ」


「そういうことなら、是非」


アギトも、男と似たような笑顔を浮かべて、少年を見た。そして男に向き直る。


「彼、今回のクエストでドンドルマデビューなんです」


「おっ、ならそっちを祝わねえとな。がんばれよ、坊主」


「はっ、はいっ!」


にこやかに笑うハンター二人。彼らを見て少年の胸に熱いものが広がっていった。


今までにもハンターとして狩りはしてきた。しかし、今はじめて、世界に受け入れられたような気がする。


この先、彼らのように突然のハプニングに巻き込まれることや、怪我を負ってしまうことだってあるだろう。


クエストを失敗する日だって来る。仲間の誰かが命を落とすかもしれない。


でも、それを乗り越えた先に…きっとこの上ない喜びが待っているに違いない。ハンターとしての喜びが。


だから、少しずつでも進もうと思った。命ある限り、ハンターで在ろうと思ったのだ。


少年はいつの間にか震えていた。これはきっと武者震いというヤツだ。


では、この胸に広がった熱いものは? 少年はまだ、その想いの名を知らない。


晴れ渡る空を見上げると、そこに世界の声を聞いた気がした。


"ようこそ、モンスターハンターの世界へ"

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