【登場人物】
・花咲ひなた
主人公 / 高校生 / 18歳
・鴻上はるか
準主人公 / 高校生 / 18歳
・中村リョウ
サブキャラ / バンドメンバー / 18歳
・篠原マサキ
サブキャラ / バンドメンバー / 享年17歳
・渋沢レン
サブキャラ / ひなたの従兄弟 / 24歳
・藤堂ツルハ
サブキャラ / 心療内科医 / 34歳
《第1話シナリオ》
○レンの家・昼
スマホのアラームで目覚めるひなた。
【ひなたM】
「カーテンの隙間を揺蕩《たゆた》う、行き場のない光。外が明るくなっても、僕は部屋のカーテンを開けない。そこにはきっとディストピアが広がってるから」
薄暗い簡素な部屋。机の上には無造作におかれた薬の束と、花の入っていない花瓶。
【ひなたM】
「あの日から、僕の世界は色を失ってしまった」
回想:ひなたの部屋の花瓶が母の病室のものと重なる。幼いひなたの手にはハートの形をしたカーネーションが握られていた。
【ひなた幼】
「はい、おかーさん。これあげる」
【ひなた母】
「あら、小さな魔法使いさん。とても素敵なお花ね」
回想:母はカーネーションを脇にあった花瓶に挿す。
【ひなた母】
「ありがとう、ひなた。あなたの魔法は世界で一番美しいわ。お母さん、あなたの作るお花が大好きよ」
回想:時が立ち、高校生になったひなた。病状が悪化する母。母が息を引き取った瞬間、花瓶の中の花がボトッとこぼれ落ちる。
【ひなたM】
「あれからずっと、この部屋の片隅で息を潜めて、灰色の時間を過ごしてる」
スマホには"心療内科予約"の文字。
一階から従兄弟のレンがひなたを呼ぶ。
【レン】
「おーい、ひなた、起きてっかー?」
【ひなた】
「うん、今行くー」
ひなたは支度をしようとすると、スマホに「K.Haruka」といアカウントからDMが届いたと通知が入る。
【ひなたM】
「ん…DM? 誰だろう?」
メッセージを開くひなた。「K.Haruka」のアイコンは見るからに陽キャなイケメンだった。
「はじめまして、鴻上はるかと言います。俺、あなたの作品がとても好きです。よかったら、お話ししませんか?」と書いてある。
複雑な表情のひなた。冷やかしだろうとスマホを閉じる。
【ひなたM】
「灰色の時間を生き延びたら、いつか誰かが助けに来てくれるかも…なんて」
○ツルハの診察室・昼
穏やかな春の日差しが差し込む診察室。心療内科医の藤堂ツルハがひなたを笑顔で迎える。
【ツルハ】
「ひなた君、久しぶり。あれから体調はどうかな?」
【ひなた】
「最近は発作、出てないです」
【ツルハ】
「それはよかった。何か変わったことはあるかい?」
【ひなた】
「えっと、その…趣味でやってたフラワーアレンジメント、再開してみました」
【ツルハ】
「そういえば、ひなた君のうちはお花屋さんだったね?」
【ひなた】
「はい…母から教えてもらったこと、忘れたくなくて」
回想:母のことを思い出しているひなた。
【ツルハ】
「そっか、うん、いいと思うよ。少しずつ前に進んでるんだね」
【ひなた】
「それと、従兄弟に言われて、作ったアレンジメントをSNSで公開してみたりとか…色々始めてみました」
【ツルハ】
「えらいね。色々チャレンジしてるんだ。けど焦らなくていいからね。人間の夢は現状維持だから」
【ひなた】
「えっと、どういう意味ですか?」
【ツルハ】
「人間の脳には、自分のいる環境を一定に保とうとする働きがあるんだ。変化なんてない方が安心安全だからね」
【ひなた】
「うーんと、つまり…?」
【ツルハ】
「君の心がいくら変化を望んでいても、君の脳が、ごく自然にその変化を止めようとする。いきなり色々やると、また発作が起きるかもよって話」
【ひなた】
「…う、気をつけます」
【ツルハ】
「脅すようなこと言ってごめんね。でも、ゆっくりやれば大丈夫だよ」
【ひなた】
「はい」
【ツルハ】
「ふふ、僕も見てみたいな、ひなた君が作ったお花」
【ひなた】
「ま、まだ、その…あんまり上手くないから、もっと自信がついたら、お見せします」
【ツルハ】
「うん。楽しみにしてるね。それじゃあ、今日はこれで」
○病院の外・昼
バイクに跨ってひなたを待っているレン。ひなたが出てきたのを見て、ヘルメットを投げ渡す。
【レン】
「ツルハせんせー、なんだって?」
【ひなた】
「人間の夢は現状維持なんだってさ」
【レン】
「は?どゆこと?」
【ひなた】
「いきなり色々始めると、また発作が出るから気をつけてって。でも、趣味再開したのは偉いねって褒められたよ」
【レン】
「だろ?あんな暗い部屋にずっといたら、俺でも鬱になるって」
【ひなた】
「レンは基本的に家にいないもんね」
【レン】
「こいつをかっ飛ばすのが、俺のストレス解消法だからな」
レンはバイクのエンジンをかける。
【レン】
「ほら、乗れよ」
ひなたはヘルメットをかぶって後ろに乗る。その時、またSNSの通知が来る。
【ひなた】
「あれ、またさっきの人だ」
K.Harukaからのメッセージを開くひなた。
「いきなり怪しいメッセージ送ってごめんなさい。でも、俺、あなたとどうしてもお話ししてくて…」その後も、メッセージは長々と続いている。
【ひなたM】
「この人、なんで僕にDMしてきたんだろう…」
【レン】
「おい、ひなた。行くぞー」
【ひなた】
「あ、うん」
スマホを仕舞うひなた
【ひなたM】
「ひなたって名前だから、女の人と勘違いしてるのかな…ま、いいや」
○学校の教室・夕方
鴻上はるかがスマホをいじりながら落ち込んでいる。
【はるかM】
「うぅ…失敗した失敗した失敗した! いきなりこんなメッセージ送ったら返事来るわけないじゃん…!」
深いため息をつくはるかの元に、ベースを背負ったリョウが近づいてくる。
【リョウ】
「はるか?さっきから、何ため息ついてんの?」
【はるか】
「いや、なんでもない…」
【リョウ】
「授業ついてけなくて落ち込んでるとか?」
【はるか】
「まさか」
【リョウ】
「じゃあ、何?」
【はるか】
「秘密」
【リョウ】
「はい、出ました、はるかさんの秘密主義」
【はるか】
「いやあ、授業はねー、そりゃあ半年も出なかったら、ついていけないよねー」
【リョウ】
「それ分かってて学校来るなんて、どういう心境の変化? 何かあったん?」
【はるか】
「んー、まあ、SNSでちょっとした出会いがね」
【リョウ】
「女かよ」
【はるか】
「まさか」
【リョウ】
「じゃあ、何?」
【はるか】
「秘密」
【リョウ】
「はい、出ました、秘密主義。勉強教えてやんねーぞ」
【はるか】
「なんでだよ。けちー」
【リョウ】
「お前が隠し事するときは、大抵ロクなことしてない時だから」
【はるか】
「はいはい、白状しますよー」
はるかはスマホ画面を見せる。
【リョウ】
「何これ、花?」
【はるか】
「そ、綺麗でしょ」
【リョウ】
「いや、何がどうなって、これが半年ぶりの登校に繋がるわけ?」
【はるか】
「それがさあ、最初は不思議な形の花だな、くらいにしか思わなかったんだけどさ」
画面の中の花は宝石やお菓子のような、普通の花とは違う不思議な形をしていた。
【はるか】
「なんかこう、心に響いたっていうか…不思議とまた歌いたいなって思ったんだよね」
【リョウ】
「…」
【はるか】
「インスピレーション湧いてきたっていうの?」
リョウははるかから目を逸らす。しばらく沈黙が流れる。
【はるか】
「リョウ?」
【リョウ】
「…まあ、お前がまた歌うってんなら、応援するよ」
リョウははるかに背を向けて教室を出る。
【はるか】
「あ、ちょっと、待って」
はるかは慌ててリョウを追いかける。
【はるか】
「リョウさ。それ毎日学校持ってきるの? 重くない?」
はるかはリョウが背負うベースを差す。
【リョウ】
「癖で持ってきちゃうんだよなあ。あー、習慣ってこえー」
リョウははるかの方を見ようとせず、どこか浮かない表情で歩く。
【はるか】
「まだ練習…してる?」
【リョウ】
「…うん」
【はるか】
「あのさあ」
【リョウ】
「…何?」
【はるか】
「作りたい曲、あるんだけど」
【リョウ】
「…俺に手伝えって?」
【はるか】
「うん。お願い」
【リョウ】
「…うーん」
【はるか】
「俺さ、また音楽やりたいんだよ。お前と…」
リョウはふいに立ち止まり、振り返ってどこか寂しそうに笑う。
【リョウ】
「…いいよ。俺、お前の歌、好きだし。久しぶりに聴かせてよ」
○レンの家・夜
ベッドに寝転びながらスマホを眺めているひなた。K.Harukaからのメッセージを読む。
【はるか】
「いきなり怪しいメッセージ送ってごめんなさい。でも、俺、あなたとどうしてもお話ししてくて…」
昼間に来たメッセージの続きを見るひなた。
【はるか】
「俺、大事な友達を亡くして、バンドが解散してから全く歌えなくなっちゃったんだけど、君の花を見てたら、不思議とまた歌いたいなって思えたんだ。だから、お礼を言いたくて連絡したんです。素敵なお花をありがとう」
思わず起き上がるひなた。昔、母に言われた言葉を思い出す。
【ひなた母】
「あら、小さな魔法使いさん。とても素敵なお花ね」
【ひなた母】
「ありがとう、ひなた。あなたの魔法は世界で一番美しいわ。お母さん、あなたの作るお花が大好きよ」
【ひなたM】
「そっか。この人も、僕と同じだ。大事な人がいなくなっちゃったんだ」
K.Harukaのプロフィールに飛ぶひなた。そこには高校生であることや、バンドをやっていること、曲のリリース情報などが載っている。フォロワー数は万単位で投稿数もかなり多い。
【ひなたM】
「鴻上はるかっていうのか。すごいな、おんなじ高校生なのに。めちゃくちゃ人気者だ」
ひなたは興味本位で動画を再生する。そこには楽しそうに笑うはるか、リョウ、マサキの姿があった。
【リョウ】
「…お前、マジで、馬鹿すぎ!」
【マサキ】
「いやガチで爆発すると思わねーじゃん!!」
【はるか】
「あはは、今日はマサキの誕生日祝いでした! こいつら、マジで最高。みんなで作った新曲も最高なので、次のライブ楽しみにしててね!」
【リョウ】
「宣伝してる場合じゃないんですけど!?」
【マサキ】
「コーラで床が浸水しちまう!!」
それを見てひなたも思わず笑っている。
【ひなた】
「あははは、なんかいいな、こういうの…」
【ひなたM】
「はるかは学校生活も充実していて、音楽っていうやりたい事があって、バンドの仲間がいる。僕に無いものが全部揃ってた。全然おんなじなんかじゃなかった」
画像や動画をスクロールしていく内に、ライブの動画を見つける。
【ひなたM】
「どんな歌、歌うんだろう」
ひなたはライブ動画をクリックする。
【はるか】
「それじゃあ、新曲聞いてください。ダイアログ」
ワルツ調の爽やかな曲が始まる。
【ひなたM】
「初めて聞くその曲は、春の訪れを祝福するような、柔らかくて、とても心地の良い曲で…」
ライブの映像が続き、ひなたはその曲に聞き入っている。
【ひなたM】
「はるかの歌は息遣いも歌の一部みたいな、自然で、とても豊かな優しい声だった。それはまるで、春に咲き誇る花たちを踊らせる、そよ風みたいだ」
【ひなた】
「なんて…なんて、綺麗なんだろう…うっ…」
すると、ひなたの胸のあたりが強烈に光り始め、思わずスマホを落としてしまう。
【ひなたM】
「そう思った瞬間、僕の中から何かが溢れ出した」
ひなたの手には、いつの間にか蝶の羽のような不思議な花が握られていた。
【ひなたM】
「それはやがて、一輪の花になる」
スマホからは相変わらず、はるかの美しい歌が響き続けている。
【ひなたM】
「小さな魔法使いさん。母は昔から僕のことをそう呼んだ。それは決して何かの例えじゃない。僕には不思議な力がある」
ひなたはその花を花瓶に挿す。そして、何かを決心したようにスマホを拾い上げ、はるかに返信をし始める。
【ひなたM】
「僕の心から溢れ出した気持ちが、花となって現れる。これはそう"想いを花に変える力"…」
ひなたが「はじめまして、鴻上さん。僕、花咲ひなたと申します。アレンジメントを気に入ってくれてありがとうございます。僕もあなたと話してみたいです」とメッセージを送ると、すぐに既読がつく。
【ひなたM】
「ほんの些細な…だけど、僕だけが使える魔法。母が大好きだった、世界で一番美しい魔法」
花瓶の中で想いの花が光り輝いている。
【ひなたM】
「この花を初めて、母以外の人に贈りたい思った」
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